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2010年4月17日 (土)

音楽「総ロングテール」の時代

リンク:asahi.com(朝日新聞社):社員4割の退職募集、給与3割カット CD販売の新星堂 - ビジネス・経済

寂しいし気の毒なことではあるが、これも時代の移り変わりの一つとして仕方ないことだろう。

昔は、大手いくつかのレコード会社が、金をかけて優秀な一部の「先生」に楽曲を作ってもらい、歌手も金をかけて探し、育てた。そして、出来た作品はラジオやテレビで圧倒的な浸透力をもって大衆に広められた。

受け取る大衆の側は、他に新しい音楽に触れる手段がないから、テレビが流す「ヒットパレード」的番組を見る。そこでは、大衆は完全に受身であり、色々な曲を強制的に聞かされる。強制的に聞かされるから、自分の好みなどは考える必要もなく、逆にそれは自分が好みだと思っていなくても良い曲に触れて発見することが出来る場でもあった。

本当に良い曲は、必ず多くの人の心を揺さぶる力を持っている。それがテレビと言う圧倒的なメディアに乗ることで、大ヒット曲が生まれる。

つまり、今と違って大衆に選択する手段がないことが大ヒット曲が生まれる下地になっていたのだろう。

かくして、良い曲を生み出すことが出来る資本は、さらに利益を投入して次の良い曲を生み出すことが出来る構造が成り立っていた。

「ヒット曲」と言うものが実質生まれて来ない現在だが、今でもきっと「本当に良い曲」と言うのは世の中にたくさんあるのだと思う。

それが圧倒的なメディアで圧倒的に紹介されないだけだ。

今はiTunesストアに行き、自分の好きなジャンルの好きなアーティストだけを探す。わずか数十秒の視聴をして、自分の好みだと思った曲だけを選んで買う。

音楽と言うのは嗜好なのだから、それでいいのだとは思う。1億の人がいれば1億の好きな音楽があって、それぞれがそれを求めれば良いのだ。

しかしそうなると、誰もが聴くヒット曲と言うものは生まれない。音楽は「総ロングテール」の時代に入ったと言うことなのだ。

先の新星堂は、本当に音楽が好きなスタッフが充実した品揃えをしていると言う感じの店だった。そこには音楽への愛があり、自分が好きな音楽を皆に広めたいと言う情熱があった。

それが音楽を売ると言うことだと思う。でも思えばそれは、昔のヒット曲中心の音楽の売り方と、今の音楽の売り方との狭間の徒花だったのかも知れない。

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