« JALはどこ行くのか? | トップページ | 役職定年制 »

2009年9月29日 (火)

会話のそうめん流し

Twitterをやり始めて数日、これが今までの掲示板やチャットと根本的に違うことは何かと言うと、これは「場」ではないと言うことに気がついた。

掲示板に荒らしが発生するのは、そこが人の集まる「場」だからだ。荒らしをする人間は構ってちゃんだから、人に見られて構われることが必要だ。

掲示板のような「場」であれば、誰もがそこに参加する誰もの発言を見ない訳にいかない。だから、見て欲しい構ってちゃんもそこに常駐する。

しかしTwitterはそういう「場」ではない。「場」がないのだ。全員が勝手につぶやいているだけであり、見たい相手のつぶやきを見たい人が見るだけのことなので、構ってちゃんが常駐する「場」そのものが存在しない。

まあやろうと思えば@でまとわりつくことは出来なくはないが、そんな者はいくらでもリムーブすれば目の前から消すことが出来る。

だからTwitterには荒らしは存在し得ない。これは画期的なことだ。

Twitterのことを喩えて、「会話のそうめん流し」と言うのを思いついた。

どんどん流れて言ってしまうそうめんは、全てを食べることは出来ないが、常に新鮮なそうめんが食べられるのである。

|

« JALはどこ行くのか? | トップページ | 役職定年制 »

コメント

会話のざる、っつうのも有りそうなんだけど。(笑)

投稿: 葛飾のオヤジ | 2009年9月30日 (水) 03時23分

>オヤジさん

「何も残らない会話」ってことだな?(笑)

投稿: TODO | 2009年10月 2日 (金) 20時54分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« JALはどこ行くのか? | トップページ | 役職定年制 »