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2009年8月 2日 (日)

魂の性格と肉体の性格

人の表に現れる性格と言うのは、二つの要素で形作られるのではないか?と言う説を思いついた。

第一の性格は、「魂の性格」。

人の本質は魂であり、それは肉体とは無関係である。だから、魂は遺伝しない。その意味で、魂同士を比べれば親子でも他人である。だから親子で性格が全く違うことは当たり前なのだ。

人の根本的な性格はこの魂の個性によって作られる。これは生まれながら、いや生まれる前から持っている個性だ。

もう一つの性格は、「肉体の性格」。

肉体に性格があるのか?と言うかも知れないが、言い換えれば利己的遺伝子による性格とでも言おうか。

肉体は魂の乗り物であるが、しかしこの乗り物はクルマのように単純ではない。この乗り物は自分で自分の複製を増やそうとする強い機能があらかじめそのOSに組み込まれており、主人である魂を、自分のその目的のために操ろうとする。

これが即ち、時として魂を迷わせる欲望や煩悩である。

男性が男性らしく、女性が女性らしくなりがちなのは、この肉体の性格によるものだ。そのパターン化された傾向は、遺伝子の単純かつただ一筋の「子孫を増やす」と言う目的のために発現する。

元来、魂には性別はないのではないか。どちらの肉体に乗ったかによって、その肉体からの影響を受けて、男性らしさや女性らしさが作られるのではないだろうか。

かくして、若い時、即ち肉体が元気な時は、どうしても操られてしまった結果のとしての「肉体の性格」が目立つのであるが、年をとる、即ち肉体がその目的を果たすことが出来なくなると、魂を操ることをしなくなる。

これ、即ち、枯れてくると言うことだ。

私はかねてから、年をとることで、「若い時より自由になった」と感じていた。

だがいったい何から自由になったのかと言われると、いまいち良く分からなかったのだが、要はそういうことだったのだ。

年を取ると、個性が強くなる。その個性はきっと、生まれる前から持っている自分本来の性格なのだ。だからそれは大切にしなくてはいけない。

年をとると、肉体の呪縛から解き放たれる。そのときこそ、自分が生まれてきた真の目的を魂が思い出し、自分の人生の本来の目的のために生きるべき時なのだ。

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