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2009年4月29日 (水)

被写体

フォト蔵で話題になっているY氏のことを書く。

Y氏は先日亡くなった。末期ガンに冒され、半身が動かない身体で、自分の余命を知りながら、カメラを持ち続けていた。

リンク:定点観察・HONDA - 写真共有サイト「フォト蔵」

このアルバムは、HONDAの看板を被写体とした写真ばかりを集めたものだ。晴れの日、雨の日、昼、夜、ありとあらゆる時のHONDAの看板が写っている。

毎日の通院中、奥様が買い物をしているのを待つ駐車場で、そこにあった看板を撮り続けたのだと言う。

私は、動き回ることが写真を撮ることとほぼイコールのように思っている。撮るべきものは、どこか自分の日常とは違うところにあると思い込んでいる。

被写体はどこにでもあるのだ。ないのは、それを被写体と感じることが出来る心の方なのである。Y氏の写真は、それを教えてくれている。

2008_1027_晩秋の一日_037
2008_1027_晩秋の一日_037 posted by (C)yozan

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コメント

被写体=感動したもの。で、ありたいなァ。

投稿: 葛飾のオヤジ | 2009年5月 1日 (金) 00時04分

>オヤジさん

写真って、感動とまで行かなくても心が動かされないと撮れないと思うんですわ。
だから、撮れないとか撮るものがないと言うことは、即ち感じる心がない、感じようとしていないと言う自分の問題なんだなと思うわけです。

何気ないモノの中に良さを発見できる。
それが写真を撮る基本なんだなあと。

投稿: TODO | 2009年5月 1日 (金) 21時19分

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