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2009年4月13日 (月)

「べきである」と言う人間

「~すべきである」と言うことを言う人間がいる。

「べきである」と言う人間に責められた「べきである」ことが出来ていない人間は、確かにそれは出来る「べきである」ことであって、正しいことを言われたのだから反論することが出来ない。

本当は、「べきである」ことなど誰でもわかりきっていることであって、しかしそれが思うように出来ないことに苦労しているのであるが、「べきである」と言う人間は、誰も自分に反論しないので、自分の言っていることは間違いなく正しいことであり、悪いのは「べきである」ことをやらない人間なのだと判断する。

これが、社内に評論家がのさばる理由である。

評論家がのさばり、真に苦労している人間が責められていると言う状況を看過すると、間違いなく会社は滅びる方向に行く。

最悪なのは、経営者が「べきである」と言う人間である場合だ。社員は自分に従う「べきである」。目標を達成する「べきである」。

経営者である自分の言っていることは正しいことである。それなのに業績が上がらないのは、社員が「べきである」ことをきちんとやらないからだ。

かくして、本人は決して無責任なつもりはなくやるべきことをやっていると錯覚しているが、実は何も分かっておらず、何もやっていない経営者が出来上がる。

古今東西、言うだけなら誰でも出来るのである。言っても出来ないことをどうやって出来るようにするか、それこそが、社員にとっても、経営者にとっても仕事そのものなのだ。

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コメント

「・・ベッキーである!」って言ってくれる上司なら、無条件についていきます!(笑)

投稿: 葛飾のオヤジ | 2009年4月14日 (火) 22時32分

>オヤジさん

真面目な話をしているのに、そういうつまらないリアクションしか出来ない部下は願い下げです!(笑)

投稿: TODO | 2009年4月15日 (水) 23時51分

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