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2008年5月20日 (火)

「ワークライフバランス」のまやかし その1

最近嫌いな言葉のひとつになってきた。

仕事に埋もれず、人生を、生活を大事にしましょう。そのことには反対しない。

だが、どうしてもこの言葉を素直に受け取れないのは、仕事を生活の対極にあるものとしていることだ。

仕事ばかりをしている生活=悪と決めつけていることだ。

好きな仕事に寝食を忘れてのめり込むことは悪いことなのか?

時代を変えた優れた発明にせよ、スポーツ選手の成績にせよ、1日8時間だけ働くと決めているような人からは生まれまい。

そこんとこ、どう考えるのか?

その2はまたちょっと間を置いてから書きたいと思う。

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コメント

はじめまして。

いつも楽しく読ませて戴いております。

根岸旭台在住のジャガラーと申します。

「時代を変えた優れた発明にせよ、スポーツ選手の成績にせよ、1日8時間だけ働くと決めているような人からは生まれまい。」う~ん、おっしゃる通りです。

一方、「時代を変えた優れた発明などできなくても良いので、マジメに働きたい。必要に応じて、残業や徹夜もするが、恒常的な残業があたりまえの職場は勘弁してね。」と言うのも、また理にかなっているかなと...。

「その2」を楽しみにしております。

投稿: ジャガラー | 2008年5月21日 (水) 00時30分

死ぬまで一生捧げる仕事なら、それでもいいと思う。
しかし、それも職種によるかなァ。。
「教壇で死ねれば本望だ!」という教師はカッコイイけど、「職場で死ねれば本望だ!」というタクシーには乗りたくない。

会社員は、定年後の人生も謳歌できるように準備しておかなくっちゃ!(今話題の年金にしても)

投稿: 葛飾のオヤジ | 2008年5月21日 (水) 01時29分

>ジャガラーさん

初めまして。
いつも読んで頂いているとのこと。嬉しいですねえ!

もちろん、私は仕事と生活のバランスを取ることや、それを望むことが間違っているとは言いません。
私自身もちゃんと休みたいし、自分の時間は充分取りたいです。
でもそれは、私の仕事が、「それをやっていることが何よりも楽しく幸せ!」と言うものでないからそう感じるのではないかと。
ほんとに好きなことなら仕事も遊びも区別無く、それをやっていること自体が人生の幸せなはずです。

一方、仕事は食べるための手段に過ぎず、その時間は少なければ少ないほどありがたいと思う人もいる。

世の中の人はその間のどこかに位置しているのだけれど、本当に人それぞれなはずです。

私が「ワークライフバランス」に気に入らない思いを抱いているのは、仕事をする時間が多いのはけしからんと言う価値観だけを全員に押しつけようとしている所なんです。

人それぞれ何が幸せかは、もっとバラバラなはずだろうと。

そうなると何故偏った価値観を押しつけようとするのかと言うと、そこに作為的なものを感じる訳です。

>オヤジさん

あはは。そういうタクシーは俺もやだなあ!

まー人それぞれと上には書いたけれど、サラリーマンと言うものに限って言えば、人に使われることが仕事である以上、多かれ少なかれ不本意な思いを抱きながら日々仕えていると言うのが実態でしょうな。

そういう大方のサラリーマンに対してのみ「つまらん宮仕えにそこまで義理立てしなくても、あんたの人生も大切にした方がいいよ」と言うのであれば、そうだよなあって感じは私も持ちます。

投稿: TODO | 2008年5月21日 (水) 22時34分

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