« エクストリームアイロニング | トップページ | 大桟橋にて »

2007年8月18日 (土)

「ラストサムライ」

DVD持ってて何度も見ているのに、TVでやっているとついまた見てしまう程好きな映画と言うのは何本もないが、これは私にとってその一つである。

アマゾンの評価などを見ると、感動した!と言う意見も多い一方、酷評も多いのがこの映画の特徴である。

どうもこの時代のリアルな歴史が好きな人には違和感が拭えないらしい。

私は、この映画はたまたまこの時代を使ったフィクションとして見るべきだと思う。ここで描かれている「武士道」と言うものが本当なのかどうかは私には分からない。私は、アルグレンが剣の稽古をしているシーンなどで、スターウォーズのジェダイの修行を連想した。

lastsamurai

ジェダイの方がサムライを真似して作られたのだから、それは当然なのだが、だからのこ映画は日本の歴史や精神を描いた映画と言うよりも、たまたま舞台を過去の日本に選んだだけであって、スターウォーズと同じように、修行を積んだ孤高の精神を持った主人公が活躍する、一種のファンタジーであるとして見た方が良いと思う。

そう思うと、アメリカ映画としては日本的なものをとても良く描いている点では確かに希有な映画であっても、やはり本質はハリウッド映画なのだと理解できてくるのだ。

B00007G0LN ラスト サムライ 特別版 〈2枚組〉
エドワード・ズウィック 原田眞人 小山田シン
ワーナー・ホーム・ビデオ 2004-05-16

by G-Tools

追記であるが、

アマゾンにあるたくさんの評価を見てみたが、この映画が良くないと言う人の中に「感性で見る映画だったのか・・・」とか「娯楽として楽しむならいいかも」と言った意見があった。

いったい君は映画に何を求めているのか?
映画を感性で見ずして何で見る? 映画に何故娯楽以上のものを求める?

えてして、批判する人と言うのは、自分で「こうでなければならない」と言う枠を勝手にをこしらえて、それに当てはまらないものをダメなものだとしているように感じる。

そう考えると、映画を楽しめるかどうかと言うのは、自由な心を持っているかどうかのテストなのかも知れないな。

|

« エクストリームアイロニング | トップページ | 大桟橋にて »

コメント

結婚してからアニメ映画ばかりであったが、唯一アニメではなかった映画は「ラストサムライ」だけ。
映画を見終わって、映画館から出てくるオヤジ連中が皆、黙って涙ぐんでいるのを見て、「これは!」と思い、かみさんのじいちゃんを連れて上野の映画館で正月に見た。

見終わった後、じっちゃんと2人で、ただ、ただ寡黙に電車に乗って帰宅。。
余韻は夜まで続き、夕飯時に「・・良かったですね。」と交わす程度で言葉にならず。

その日、ラストサムライの携帯ストラップも買ってしまい、その後、DVDも買ってしまッた程です!!

投稿: 葛飾のオヤジ | 2007年8月19日 (日) 12時14分

歴史上の人物とか歴史上の事件を扱うとき、それらの人、あるいは事件に関わった人、あるいはその時代を生きたひとを描くにあたって誠実さというのはまったく不必要なのでしょうか?

たとえばパールハーバーみたいな映画を零戦びゅんびゅん爆弾どかーん看護師のお姉さんと恋仲になって親友を裏切って最後は東京空襲で復讐してハッピーエンドで超感動みたいな楽しみ方を出来ない俺は不自由なダメ人間ですか。

投稿: meza | 2007年8月19日 (日) 13時18分

話題になりすぎで映画館へ行く気になれずにいた映画ですが・・。
TV放送であっても観てよかったというのが私の感想です。

時代背景的にはあり得ないと思うけど、
刀であそこまで人は切れないと思うけど、
なぜ必ず両刀なんだ!とも思ったけど・・・。

「映画も感性で観るもの」というのも枠にはめていませんか?
映画でも書籍でも絵画でも感じ方は人それぞれですよね。
楽しみ方も人それぞれ・・・。
それでいいのではないかと思った次第。

投稿: corosuke | 2007年8月19日 (日) 20時43分

まぁ、映画ですから!
楽しんでナンボでしょ!

投稿: 葛飾のオヤジ | 2007年8月19日 (日) 20時56分

>オヤジさん

分かります!
良い映画見た後って、余韻に浸ってるから会話が少なくなるって言うその感じ。
逆にダメ映画だったときも、お互いそれを口にすることが恐ろしくて静かになってしまうと言うこともありますな!(笑)

>mezaさん

もちろん史実を忠実に描くことが目的の映画もありますが、私が言ったのは「ラストサムライ」はそういう映画ではないと言うことです。

「スターウォーズ」は遙か昔の銀河系のどこかだから良かったけれど、「ラストサムライ」は我々に近すぎるところを舞台に選んだがために色々物議を醸していますが、私は同じ種類の映画だと思うのです。

だからそういう見方をした方がこの映画が楽しめるでしょうと。

この映画には実在の明治天皇なども出てきますが、それ以外は全くのフィクションです。山里の風景が全く日本ではないとか言う指摘がありますが、私はこの監督は、これは実在の物語ではないことを表現するために敢えて微妙に事実と曲げた部分も作ったのではないかと言う気もします。

そうは言ってもmezaさんの言われる「誠意」と言うことでは、例えば明治天皇の描き方には充分それを感じますが、いかがでしょう?

実在の人物や出来事を題材にするには、その人やことに対する敬意や愛がなければ、その物語はきっと良いものにならないだろうと思います。

>corosukeさん

どういう見方をしようと、もちろんそれは人それぞれで自由です。

でも楽しめる見方と楽しめない見方がある場合、楽しめない見方の方が正しいと言うことはないはずです。

楽しめる見方の方が、それを作った人が「そう見て欲しい」と望んでいる見方だと思う。だから私は、そういう見方をしたいと思うのです。

>オヤジさん

映画ってほんとに最近だんだん好きになりました!

投稿: TODO | 2007年8月19日 (日) 21時55分

「ラストサムライ」、映画館にも行ったし、DVDも持ってますので、好きな映画です。
ただ一つ、個人的に残念でたまらないのが渡辺謙が桜の花びらの舞い散る中、絶命する時に「PERFECT・・・」と英語で言う部分。あそこは、是非日本語で言ってほしかったなあ・・・。あのセリフはオルグレンに対してのセリフではなく、自分自身へのセリフだと思うので、特に。
アメリカ映画だから仕方がないんでしょうけども。

投稿: いおす | 2007年8月22日 (水) 00時02分

>いおす

あ~なるほど。それはその通りですね。
たぶん最後の見せ場だから、アメリカ人が感情移入する妨げにならないようにと言うことだったのかも知れないですね。
まあそう考えると仕方ないのかも。

投稿: TODO | 2007年8月22日 (水) 05時42分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/113165/16165231

この記事へのトラックバック一覧です: 「ラストサムライ」:

« エクストリームアイロニング | トップページ | 大桟橋にて »