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2007年2月12日 (月)

無事終わりました

おかげさまで一昨日に通夜、昨日に告別式ととどこおりなく終わりました。

実家に作られた仏壇の上には遺骨と大きな遺影が飾られ、そこで微笑む母の写真を見ている限りは、どうにもまだそこにいるような気がしてならない。

遺骸は間違いなく冷たくなっていたが、その表情はとても暖かくて、だからお葬式も決して暗い沈んだものじゃなかった。

それはきっと母と言う人の暖かいオーラが残って皆を包んでいたのだろう。そして、

存在そのものは決して無くなっていない。

そう感じてならないのだ。

肉体としての姿は無くなり、目に見えなくなっただけで、母は暖かな「気」のようなものになって、今もそこにいるように思えるのだ。

そういうことを言うと別れの悲しみから逃れるためにそう思い込もうとしていると言われるかも知れないのだが、そうじゃなくて、なんと言うか、生と死ってのはそんなにはっきりした区別があるものじゃないような感じがして来ている。

「相転移」と言う言葉が物理学にあり、それは同じ水でも温度によって気体になったり液体になったり固体になったりと言うように姿、状態が変わると言うこと。

生と死ってのはそれと同じように、単に状態が変わっただけで、存在そのものは無くなっていない。

そう感じてならないのだ。

母は確かにいなくなった。

でも「死」と言うものは、決して今まで思っていたような「全ての終わり」ではない。

それをすごく感じるのである。

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コメント

お仕事も忙しいTODOさんだから、まだしばらく大変だと思うけど無理せず。
お母様だけでなく、みんなの心も一緒にTODOさんのそばに行ってます、タブン。

投稿: | 2007年2月13日 (火) 08時16分

>名無しさん

はい、無理はしていません。
普通通りに仕事に復帰しております。(笑)

投稿: TODO | 2007年2月13日 (火) 15時27分

 お疲れ様でした。
お母様は最後の最後までいろんな大切なものを教えとして残して行かれたのですね。
TODOさんにとって最後まですばらしいお母様だったことでしょうね。
穏やかに愛する人の死を受け入れられると言うことは簡単のようで決して簡単では無いと思います。
 暖かな「気」のようなものになって、今もそこにいるように思える・・・とてもすばらしいことですね。
そう感じさせる側も感じる側も・・・。
σ(^_^)も そう感じることが出来ていたら もっと違っていたかもしれないな・・・。

投稿: EKO | 2007年2月13日 (火) 22時25分

>EKO

人と人の関係ってのは、無限のいろんな要素の組み合わせだろうから、比べることはできないと思う。
だから、俺がこう感じたからと言って、それを同じように感じることができなかったからと言って、月並みな言い方に結局なっちゃうけど、もう人それぞれとしか言いようがないのではないかと思います。

そうだったね。EKOにもかつてそういうことがあったんだった。

投稿: TODO | 2007年2月13日 (火) 23時50分

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