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2007年2月 8日 (木)

必然の意味

母が危篤に陥ったとの連絡が入った時、私は札幌のホテルででかける支度をしていた。

その後何度も家内や妹と連絡を取りながら仕事を続けていたら、一時は意識も戻り、血圧も上がってきたとのことだった。

今日中は大丈夫だろうと安心して仕事をしていたのだが、その夜に一昨日書いたような事態となった訳だ。

一昨日は、あまりに急だったことと、私が帰るのが死の瞬間に間に合わなかったことで、何故よりによって出張の時にと思っていた。

その後いろいろ考えてみた。もちろん、「この世に偶然はない。全てのことに意味がある。」と言う前提においてだ。

実はこの日の札幌での私の仕事は、今年度の新卒採用の成否がかかるとも言って良い重要なイベントへの参加だった。ある意味1年の中でも最も大事な1日だったと言っても良い。

母はそれを知っていて、私がその仕事をやり終えてから帰れるように、すこしの時間頑張っていてくれたのではないか。

無事仕事を終えて私が帰途についた頃、母の命の火も少しずつ消えていった。

死の瞬間には間に合わなかったが、最初に見た母の死に顔は、私に微笑んでさえいるように見えた。

「お前は今の仕事を頑張ってやっていればいいよ」

そう言ってくれていたかのようだ。

それで思い出したのだが、過日、「自分の人生において何かの分岐点が近づいているのかも知れない。」と書いたことがあった。

頼まれたある仕事に関連して書いたのだが、その仕事は人前でしゃべる仕事だ。

そして、一昨日の札幌での仕事も人前で一日中しゃべる仕事。

そして、今度の日曜日の告別式では、喪主の父に代わって私が親族代表挨拶をすることになった。

これらの不思議な一致も決して偶然ではないように感じる。

「その代わり、お前に挨拶を頼むよ。お前は今後こういうことをやるべきだよ」

母がそう言っているように感じているのだ。

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コメント

 大変な時にブログを更新してるTODOさんの気丈さに驚いています。
淡々と落ちついていらっしゃるのか、それとも落胆されてるを紛らわしているのか・・・どっちにしろ 驚きです。
自分の親が亡くなった時って未だ想像出来ません。
信じられないまま時が流れるのか、冷静に受け止められるのか、錯乱してしまうのか・・・。
いつか必ず起こりうることですが 心の準備ってできるものなのでしょうかね・・・。長い闘病生活があればそれなりなのでしょうが・・。
 ちゃんとしっかり見送ってあげることも亡き人に対する礼儀なのでしょうね・・・。
日曜日がご葬儀なのですね。
いろいろ大変でしょうが、気持ちよくお母様を見送られる事をお祈りしています。

投稿: EKO | 2007年2月 9日 (金) 22時04分

>EKO

どうなんだろうね?
一応仮にもEKOより少しばかり年を重ねているから、それなりにだんだんと覚悟も出来てくるのと、少しばかり鈍感になってきているのと、多分両方なんじゃないだろうか。

人生の残酷さをやわらげるために、人生の時の流れが少しずつ訓練してくれるような気がします。

投稿: TODO | 2007年2月 9日 (金) 23時13分

私もTODOさんの日記読んでから、これはどういう意味があったんだろう?って思って考えていました。もし自分だったらどうなんだろう?と。
そうすると何度考えてもやっぱり「仕事をちゃんとやってもらいたい」と言っているような気がして・・
なので、きっとTODOさんの仕事ぶりをみて、お母様は嬉しいのだと思います。

投稿: hirorin | 2007年2月10日 (土) 02時04分

>ヒロリン

うん、そうだと思う。

実はこれは偶然ではないと言う出来事が昨日もあったのだよ。
今日はまだそれを書く時期じゃないと言う気がするので後日書く予定。

投稿: TODO | 2007年2月10日 (土) 08時51分

僕に自分の両親の死を受け入れられるだろうか?
離れて暮らしているので、死に目には会えないと
覚悟はしていますが、親というのは、いつまでも
生きていてほしいとおもうものですよね。

以前TODOさんが電車で隣の席が空いているのに
誰も座らないという記事を思い出しました。

投稿: salmon | 2007年2月10日 (土) 09時30分

TODOさんに気丈さに感服してます
もしもσ(^_^)だったら落ち込んで更新所じゃないかと・・・
多分自分自身も支離滅裂になって居るんじゃないかと(;^_^A アセアセ

もしもの時に覚悟して置かなくちゃいけないのだろうけれど
TODOさんみたいにはなれないだろうな・・・・・
でも全てが終わった時に一気に来るかもしれないから
身体には十分に気を付けてくださいね。

お母様が微笑んでいるように見えたのは
お母様からしたら立派になって良かったって
思えたからでは無いでしょうか・・・
σ(^_^)も母親からそう思われたいな(笑)

投稿: 虎鷹♪ | 2007年2月10日 (土) 21時23分

>サーモンさん

生きていて欲しいと言うのはもちろんですが、今まで何十年もいるのが当たり前だった人だから、頭では人は誰でもいつか死ぬとは思っていても、心ではそれを信じられないで生きているんですよね、人は誰でも。
だけど冷厳な現実をつきつけられる日がいつか必ず来ると言うことです。
でもそういうことは人が生きていく上で学ぶ大事な必修科目であるように今は感じています。
恋をしたり、子供を育てたり、近しい人が死んだり。
全てが学びなのだと思います。

>虎鷹♪さん

母はとても穏やかで幸せそうな逝き方をしてくれましたので、後に残った我々もさほど苦も無くその死を受け入れられたように思います。
そういう意味でラッキーだったと言うか、母には感謝しています。
死に方次第によっては、遺族には到底受け入れがたい場合もあるでしょうから。
こればっかりは、思うようにできることではないので、あれこれ事前に考えても仕方ないのではないでしょうかね。

母をがっかりさせないような生き方をこれからはしてきたいと思います。

投稿: TODO | 2007年2月13日 (火) 00時00分

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