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2006年5月21日 (日)

「愛する」ということ

「愛する」ということは、そのものを自分より大切なものと位置づけ、そのために自分を犠牲にすることを厭わないことだ。

だから、何を愛するかとか、それを愛するか愛さないかを決めるのは、絶対に個人の自由にゆだねられていなくてはいけないのだ。

決して他人が「それを愛せ」と指図したり強制してはいけない。

「自由」とは、何を愛するかを自分で決められることだ。と言い換えても良い。

親が子を愛するとき、親は子のためであれば自分は死ねる。それが「愛」と言うものだ。

そのものを「愛せ」と強制すると言うことは、そのもののために「死ね」と言うことに繋がると私は思う。

だから、やはり危険であり、間違っていると思うのだ。

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コメント

「キミのためなら死ねる」
あ~、良いセリフだ。本気で一度言われてみたい・・
私が人を好きになると「運命を感じた」というセリフがかつての十八番でした(笑)

投稿: hirorin | 2006年5月22日 (月) 03時22分

 深いね......。
σ(^_^)の友達の旦那さんの言葉で忘れられない言葉があります。二人の間に子供が生まれた時でした。「俺は○恵(奥さん)の為なら死んでもいいと思ったけど○実(娘)のためなら死ねると思った。...違うんだよな..」
両方とも彼にとっては愛するもの。でも愛の重さが微妙に違うということでしょうか...?
でも そういう言葉を言える彼に感動を覚えました。
 そんなことを考えると 「愛している」という言葉はとても重く簡単には口に出来ない言葉ですよね。
確かに 愛することも 好きであれ と言うことも人に強制することでもないし、強制されても出来ないこと。
自分の中の 自分だけの気持ち 感情 大切なもの ...ん~... うまく言葉では言い表せないけど..愛して愛されれると言うことは とてもすごいことなんですよね....♪
(言葉にすると..軽いなぁ...)

投稿: EKO | 2006年5月22日 (月) 09時16分

愛するということ・・・僕には未だよくわからないほど難しい。
「死んでもいい」というのは、それほどまでに「愛している」という言葉の表現であって「人の死」というのは、もっともっと重たいような気がします。どんなに可愛い子供であってもその子の持つ運命はその子が背負っていかなければならないのだと思うのです。

投稿: salmon | 2006年5月22日 (月) 20時13分

>ヒロリンさん

逆に「ボクは死にまっしぇ~~ん!! 君が好きだから」ってのもあったね。(笑)
死にたくないならトラックの前に出るなよボケ。

>EKO

男女間の愛と親の子供に対する愛ってのは、確かに違うと俺も思う。男女間の愛は、欲望が先にあるからね、自分が求めることから始まる。でも親子はそうじゃない。子供を守り育てるってことは自分が生きていることの目的の一つだ。みたいな。
でも中には子供に対しても求めてしまう親もいるな。それを愛と勘違いする。難しいね。

>サーモンさん

「死んでもいい」と言うのは、例えば、沈みそうな船に乗り合わせていて、一つしか浮き輪が残っていない時、それを相手にあげられるか?と言うことだと思います。
それをあげられないなら、自分の方が相手より大切だと言うことであり、それは愛しているとは言えないと思うのですね。

・・・

教科書に「国を愛しなさい」と書くことには、そこまで考えたら考え過ぎなのでしょうかね?

投稿: TODO | 2006年5月22日 (月) 23時08分

自分が産んだ子を殺す母親がいる今、本当の愛って少なくなってる気がします。
子供を産んだことのない私には分かりませんが・・・。
愛する人のために死のうとしたことはないですが、愛する人がこの世からいなくなるかもしれないという恐怖は経験あります。
愛する人には、私のために死んでくれなくて良いから、頑丈で長生きして欲しいです。

投稿: ひろ | 2006年5月23日 (火) 09時16分

>ひろさん

それもまた、深い愛の言葉だと思います。

投稿: TODO | 2006年5月23日 (火) 21時59分

TODOさん こんばんは~

深いテーマだな・・

私もひろさんに同感かな。

私も愛する人が
生きてもらうために
一生懸命、努力をしたい。
それを自分を犠牲にしてるとも
思えないし。
愛することって結局、
自分のためだと私は思うのです。
だから相手に感謝・・だし~

それにしても
男女や親子の関係ではなく
愛情をもって
やさしい気持ちで
人と接することができることは
幸せなことですよね。

投稿: こすずめ | 2006年5月24日 (水) 00時23分

>こすずめさん

お久しぶりです。

こすずめさんのコメントを始め、女性の皆さんからの書き込みを拝見して感じたのは、女性の感じる愛ってやっぱり男と違うように思えました。
うまく言えないけど、そうか女性はやはりだから菩薩なのだな。と。

すごく深いテーマを振ってしまったように思います。(笑)

・・・

私が「愛する」=「死ぬこと」と言う表現を敢えてしたのは、
「国を愛しなさい」と言うことを書く書かないが問題になっていますので、それは「国のために死ぬ」と言う悪夢が繰り返されることにつながらないか? と言うことを書きたかったのですが、ちょっと思いがけない方向にコメントが伸びてきました。

いや、それが悪いと言うことは決してなくて、これがブログって言うメディアの面白さだなあ。と。

皆さんコメントありがとうございました。

投稿: TODO | 2006年5月24日 (水) 22時40分

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