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2005年10月18日 (火)

もう一つの宇宙

以前に宇宙に行くべきものと言う記事の中で私は、

いつの日か、技術の進歩により我々の意識は機械に乗り移ることが可能になるだろう。
そのとき、宇宙に適した体を得た我々は、地球上で育った有機物の生命体であることの制約から解き放たれて、初めて宇宙に行くべきものになるのではないだろうか。
地球上で進化の頂点に立った人類の次に来るもの、それは宇宙に行くに相応しい体を持った、機械の生命体だろうと私は考えている。
ちょうど、海で育った生命が陸に上がる時のように、そんな大きな転換期に、我々はさしかかっているのではないだろうか。

と書いた。
驚くことに、ロバート・ジャストロウと言う人の「もう一つの宇宙」と言う著書に、私と全く同じ考えが書かれていた。

心とマシンの結合によって、新しい形態の生命が誕生するのだ。かつて人間がアフリカのサバンナでデザインされたように、心とマシンの結合体が、未来の生命としてデザインされるのである。
わたしには、これこそが宇宙の成熟した知的生命の姿であるように思われる。この種の生命は、不滅のシリコン格子のなかに収容され、生を受ければかならず死が待っている生き物とちがって、永遠に存在し続けることが可能となろう。母なる惑星を旅立ち、その惑星が属する太陽系をぬけでて星間空間を放浪できるのは、この種の生命体であろう。

ジャストロウはこの本の最後で、既にその域にまで成長した数多の地球外生命が乗った宇宙船が、壮大な宇宙の旅を終えて我々の地球にやってくる日は近いと予言している。

私はこれを読んで、さらに思い描いた。

人間の心がマシンにコピーできるようになったとしたら、それは完全に情報そのものに置き換えることができたと言うことだ。情報であるならば、それはわざわざ何かに書き込んで宇宙船に乗せる必要もない。
電波に乗せて送ってしまえば良いではないか。
そうすれば物体を宇宙に飛ばすあらゆる制限からも解き放たれる。何の質量も持たず、光速で飛ぶことができる。

いや、電波は減衰するからまずいかも知れない。
重力波か何か、新たな手段は必要かも知れないが、いずれにせよその時は宇宙船すら必要なくなっているはず、と私は思うのである。

ジャストロウは、地球外生命の宇宙船が地球に向かっていると想像したが、もしかしたら我々がそれに気づく手段を持たないだけで、何らかのエネルギー体となった知的生命は、既にたくさん地球にやってきているのかも知れない。

4087601021もう一つの宇宙
ジャストロウ 小尾 信弥
集英社 1984-07

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