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2005年7月25日 (月)

成果主義についての考察(1)

成果主義とは、成果に応じて報酬を支払うシステムと一般に思われている。
高い成果を挙げれば、年齢に関係なくそれに応じた報酬を得ることができると。

しかし、今の企業がこぞって成果主義を導入したのは決してそれが目的ではない。
それは、団塊世代の高齢化対策に過ぎないのだ。

従来の年功制下でも成果による報酬の差はあった。
ただ、それは賃金ではなく、ポストという報酬だったのだ。

旧き良き時代には、人は毎年採用するものであり、その前提として企業とは拡大する一方であることに疑いを持たず、給料は毎年増えていくのが当たり前と誰もが思っていた。
かくして、年功制と終身雇用の体制下では、ポストが際限なく増え、賃金総額も際限なく増えていった。

こう振り返ると、今がいかにそんなことできないかは自明となる。
定年まで勤め上げることが当たり前と思っている団塊(似非)管理職達に将来まで堅い賃金を約束するポストなど、今はどんな成果を挙げてくれようと与えられる訳がない。

今の時代、成果に対して報いるには、決算期毎にその限られた範囲での成果を(無理矢理でも)計算して、一時金の形で「報いたことにしてもらう」以外に手段はないのだ。

その一時金の額を、なんとか理屈をつけて計算してひねり出す方式のことを「成果主義」と言うのである。
成果主義下で「目標」と言うものが大事だとされるのは、その「理屈」の根拠が必要だからである。

今、成果や考課や目標管理について、様々な問題点についていろいろ考えている。
会社で言う前に考えを整理するために、こんなとりとめのないメモを時折、今後書くかも知れない。

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コメント

期待あげ

投稿: め | 2005年7月26日 (火) 17時37分

「あげ」ってあーた。ここはブログだからスレッドはあがりませんってば。w

それはともかく、思いがけない人に思いがけないところで期待されるものですな。

えらそうなこと書いてますが、実は結構受け売りです。本読んで共感したり、日頃から思ってることをごちゃまぜにして取りあえず吐き出してみているうちに、考えがまとまってくると言う作業を人前でしているだけのことで、読まされる方が良い迷惑ではないかと。w

でも最近、ブログと言うものがそういうものではないかと気がついてきております。

投稿: TODO | 2005年7月26日 (火) 20時41分

いや、うちもそのへんをちゃんとやらなきゃいけない設立2年目半ばなわけでして。

しかし、規模拡大しないあるいは出来ないという前提での経営って難しいよね。うちはまだ数人規模だし当面は拡大するつもりだけどさ。

規模拡大しなくても長期雇用し、昇給させるには質的変化を常にしていかないといけないし、そんなこと出来るくらいなら普通ほうって置いても規模拡大するような。

世代構成が一巡していて団塊さんみたいなアンバランスな分布がなければ可能なんだろうけどね。。。

投稿: | 2005年7月27日 (水) 01時51分

数人規模で家族的な会社だったら、変なことしない方が良いと思う。

少ない人数で、みな仕事が好きで、チームワークが良くて、まだ若くて、と言う状態だったら、理想ですよ。
何もする必要ないし、何もしない方が良い。

会社としてはすごくプリミティブだけど、それは決して悪いことじゃなくて、図らずもある程度以上大きくなってしまって、何らかの仕組みやらルールがないとどうしようもなくなったから、仕方なく色々やって、それが裏目に出てるんであって・・・。

正直、そんな会社、うらやましく感じます。

投稿: TODO | 2005年7月27日 (水) 22時47分

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